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第11話
***
『娘。組』参謀、後藤真希は自室に座していた。
屯所内に奇妙な緊張感が走っている。それが強く感じられた。
そこに、突然フスマが開いた。
人影が、2つ。
1つは知った顔だった。
「ユウキ」
後藤の実弟だった。
何年も前に本家を出奔し、その後はなんの消息もなかった。
「なにやってるの、あんた」
「久しぶりぜよ、姉君」
「あんたいつからそんな喋り方するようになったの?
下町生まれのくせに」
「これはソニンが…」
ユウキはもごもごと弁解しかけるが、すぐに隣にいた女に殴られ、黙る。
ソニンと呼ばれたのは、この女か。
鍛え上げられた身体を歌舞伎者めいた装束で包んでいる。
愚弟はともかくとして、この女は一筋縄ではいかない。
後藤の直感がそう告げていた。
自然と、手が佩刀に伸びる。
と、突然ソニンの頭が下がった、
後藤に対して平伏するような姿勢を取る。
「お迎えに上がりました。後藤真希さま」
なにが起こっているのか、後藤は一瞬で理解した。
居住まいを正し、平伏するソニンとユウキを見下ろす。
「話は、高橋から聞いてる」
「ならばわかっているはずです。
ご自分がどうなさるべきか」
「もちろん、わかってる」
「なれば…」
後藤は一瞬だけ瞑目した。
「半刻」
「はい?」
「半刻だけ、外で待ってて。すぐに行くから」
ソニンが一瞬だけ眼に奇妙な光を浮かべる。だが一瞬だけだ。
「では、必ず」
ソニンとユウキの気配が消えるのを確認し、後藤は1人縁側に出た。
「いるんでしょう」
植木のひとつもない殺風景な庭に向かって声をかける。
ほどなくして、古ぼけた灯篭の影から小さな人影が現れた。
3番隊隊長、加護亜依。
全身から殺気を立ち昇らせている。
「行く気やな」
「うん」
「ほんなら、ウチはあんたを斬らなあかん」
「みんな、知ってるみたいな顔ね」
「梨華ちゃんの遺書に全部書かれとった」
「そう、石川が」
「梨華ちゃんは、命かけて全てを調べ上げたんや。
あんたが視察と称してソロ派の連中との会談に参加してたこと、
そこで、『娘。組』の動きまで漏らしたこと、
それでソロ派の連中に目え付けられて、引き抜きにあってること、
高橋があんたを説得するために送り込まれて来たってこと、
全部、梨華ちゃんが遺してくれた」
「加護…」
後藤はそっと首を振った。
「弁解する気か、裏切りもん!」
「弁解なんかしないよ。
でもね、あなただって『娘。組』が今のままでいいとは思ってないでしょ」
「またそうやって、講釈師ぶる。
あんたはいつもそうや。
剣も舞いもできて、いつでも皆より頭ひとつ高いとこにおって、
あんたのそういうとこ、ウチいつもムカついとったねん!」
後藤はなにもいえない。
「だからや」
加護の黒目が一瞬、ぎらりと鈍色に輝いた。
「あんたがそんなんやから、ウチは市井さん斬らなあかんようになったんや!」
市井。
その名は雨だれのように後藤の背を打った。
「あんたは気付いてへんかったかもしれん。
でもな、市井さんはあんたを憎んどった。
後から入ってきたっちゅうのに、剣術ではあっという間に免許皆伝。
『娘。組』でも入ってすぐに参謀、総長格や。
面白くないんは当たり前や。
わかっとんのか? 市井さんは、あんたを殺そうとしてたんやで」
加護のいうことに、心当たりはあった。
一日の大半を市井と過ごしていた時期。
ふとした瞬間に、底知れない羨望と嫉妬、それに憎悪を感じることがあった。
後藤はその気配を努めて無視し続けてきた。
気付かない振りを続けていれば、波風を起こすこともないと考えていた。
だが、加護は無視できなかった。
それが、市井紗耶香粛清の真実だった。
「ウチはあんたのために市井さん斬ったんや。
なのにあんたは市井さん市井さんて…」
「加護」
後藤は佩刀を抜いた。
「もうよしな」
「ごとーたちは、剣客だよ」
加護は言葉を切り、高潮した顔で後藤を見つめた。
やがて、ずらりと腰のものを抜く。
鬼神丸国重。幅広で剛直な刃が、刀の実用性を語っている。
後藤は知っている。
無数の隊士を手にかけてきた加護だが、鬼神丸国重を持ち出すことは滅多にないこと。
市井紗耶香を斬ったのは、その刀であること。
後藤は高橋の言葉を思い出していた。
後藤さん、
あなたは今のまま『娘。組』に居続けるおつもりなんですか。
それでいいと思っているのですか。
参謀、総長といったところで、実質あなたにはなんの権限もない。
あなたが毎日していることといったら、
新米の剣術指南や毒にも薬にもならない講釈ばかり。
それであなたは能力を発揮しているといえるんですか。
飼い殺しにされているようなものです。
ただいるだけの、飾りです。
あなたがそれでいいと仰るのは勝手です。
ですが、世の中にあなたの力を必要としている者たちがいるのも事実です。
後藤さん、ご決断を…。
『モーニング娘。組』参謀、後藤真希。
市井紗耶香はその肩書きを妬んだという。
(意味、なかったね)
後藤は思う。
(ごとーがここにいる意味も、なかったんだね)
後藤の胸に、どうしようもない虚無感が湧き上がっていた。
加護が鬼神丸国重を振り上げているのが見えた。
加護が叫んでいるのが聞こえた。
「いかせへん。
あんたがおらんようになったら、『娘。組』は変わってしまうんや。
それはあかん。
したら、ののが悲しむやんか!」
加護亜依。
『娘。組』に入隊した当初、後藤は加護の教育係を務めていた。
加護は毎日のように後藤の後をついて歩いていた。
それが、いつのまにか疎遠になっていた。
後藤は剣術師範や講釈のような屯所内での活動が多くなり、
加護は憑かれたように隊士粛清に明け暮れるようになった。
分岐点は、どこだったのだろうか。
市井紗耶香の粛清か、あるいはそれ以前なのか。
後藤にはすでに意味のない問題だった。
(なーんも、意味なかったね。)
後藤は刀を走らせた。
虫の声が聞こえた。
誘われるように、加護亜依は薄くまぶたを開いた。
ゆらりと身を起こし、精神の覚醒を待つ。
わき腹に激痛が走った。
折れているようだ。肋骨。3本はやられている。
はたと気付き、辺りを見回した。
植木もなにもない、殺風景な庭。
「クソ」
加護の他に、人影はない。
あばらが痛む。折れているのはすぐにわかった。
だがそれだけだ。命に別状はない。
峰打ち。
与えられたのはそれだけだった。
「後藤、畜生!」
加護は後藤が刀の柄に手をやったところまでしか記憶がない。
勝負は一瞬、一撃で済んでしまった。
止めを刺そうと思うなら、簡単にできたはずだ。
過去の映像が蘇った。入隊間もない頃、後藤に剣の手ほどきを受けていた記憶。
弟子というより妹を見るような顔で、竹刀を振るっていた後藤。
「あんた、最期まで…」
虫の声が聞こえていた。
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