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第12話


***
白い着流しに脇差を一本だけ差し、中澤裕子はひとり目抜き通りを歩いていた。
夜も更け、辺りに人影はない。
立ち並ぶ旅籠や料亭も明かりを消し、静まり返っている。
そんな中、ひとつだけ煌々と灯る明かりが見えていた。
料亭『和田屋』。
近頃ソロ派の大物が潜伏していると噂されている店だった。

「やっぱり、来たんか」

まるで約束どおりといわんばかりに、その人物は中澤の行く手に立った。

「みっちゃんが居るいうことは、やっぱりここでええんやな」
中澤は悲しい気分で平家の顔を見た。

「ああ、正解や。さすが裕ちゃんやな」
「なにかと噂の多い店や。調べたらすぐわかる」
「そっか」


もはや前置きは要らなかった。
平家は刀を抜き払い、
中澤は鉄扇を手に取った。
火花が散った。

平家の打ち込みは激しかった。
平家が刀を持つ手は諸手、対する中澤は片手で鉄扇を振るっている。
競り合いになれば勝つことはできない。
中澤は身を翻し、平家の刀を受け流した。
平家の剣先は止まらない。
蛇のように鎌首をもたげ、中澤の喉、手首、胴に牙を向ける。
中澤は鉄扇を振るい、そのことごとくを打ち払った。
乾いた金属音が連続する。
命のやり取りをしている。その現実感が次第に遠のいていく。

「虚仮、やな」
何度目かの打ち合いの最中、平家が口を開いた。
「コケ?」
「せや。
ウチら死人2人、なんでこんな必死になっとんのやろうな」

言っている間にも平家の剣は止まらない。
竜を思わせる俊敏な太刀が中澤を襲い続けている。

「そりゃやっぱり、
 大事なもんのためやろ。
 大事なもんがあるから、こうやって命賭けられるんやろ」
中澤裕子は『娘。組』のために死人になった。
それ以前もそれ以後も、『娘。組』のために戦い続けてきた。
もちろん今も変わらない。

「裕ちゃんは、やっぱそうなんやろな」
平家が刀を正眼に構えなおした。
かつてない気迫が中澤に向かって吹き付けた。
「   」
平家が、ふと唇を動かした。
なにをいったのだろうか。聞き取ることができない。
凄まじいばかりの剣戟が、中澤の胴に向かっていた。

鮮血が闇に散った。

すぐ側に、平家の顔があった。
薄く微笑んでいるように見えた。
平家が放った胴打ちは鉄扇に受け取られている。
必殺の一撃を阻まれた平家の胸には、一本の刃物が生えていた。
中澤がとっさに抜いた、脇差だった。

「中澤裕子に抜かせたか」
喀血。
「地獄で閻魔さんに、自慢できるやんな」
刀が一本、地面に落ちた。

「せやなあ」
鉄扇を落とし、中澤はひとり呟いた。
足元には、今や剣友とも呼べる女が倒れている。
「虚仮、やったんかなあ」
中澤はそっと自身の胸に手をやった。
熱い感触。
散り際の平家が抜き払った脇差は、中澤の胸元を一文字に切り裂いていた。
風が中澤の足元を撫でていく。
「虚仮でも構わん、てウチは思うで。
 みっちゃんはどうやったか知らんけど、
 ウチはいつだって大好きな連中のために戦ってこれたんや。
 な、割といい人生やろ」
視界が明滅を繰り返している。
「な、みっちゃん、どや。
 地獄で2人、血の池に浸かって、熱燗でもやろか
 ああ、これ、ええやん
 めっちゃ、楽しみ、やんな」

***
『和田屋』の2階から、ユウキは路地の様子を伺っていた。
やがて、笑いながら手を打ち始める。
「人斬りが2人、死によったぜよ」
平家みちよが中澤裕子と刺し違えたか。
ソニンはぼんやりと理解した。
「ともあれ、計画はひとまずこれで上々ぜよ。
 参謀の後藤を失い、『娘。組』の影響力は確実に衰えた。
 中澤裕子のいない今、後ろだって動く者も居りゃあせん。
 それに、例の連合もようやく成った。
 UFA幕府の凋落も時間の問題ぜよ」
「そうですね」
合いの手を入れたその声は、ソニンのものではなかった。
ソニンはかつと両目を開けた。
目の前で、ユウキが血を噴き出しながら倒れていた。

まだ息があるのだろうか。
脳天を割られながら、ユウキは信じられないという表情を顔に貼り付けていた。
傷口からは、鮮やかな色をした組織がこぼれている。
(脳をやられたか)
ソニンは理解し、それっきりユウキを省みることをしなかった。
来るべき時が来た。その確信だけがあった。


ユウキは一撃で脳天を割られていた。
ソニンはその太刀筋を知っていた。
桃色示限流。
太刀を大上段に構え、「ピイーーーチ」と奇声をあげながら振り下ろす。
単純極まりない剣術だが、それだけに強い。
幾多のユニット派壮士が、この桃色示限流の露に消えていた。

「あなた方は本当によくやってくれたわ」
切れ長な眼に殺伐とした光をたたえた女が口を開く。
「でもここでお仕舞い。
 用済みなんです。あなたたち」
血刀をぶら下げた女がふくよかな頬にまろやかな笑みを浮かべる。

藤本美貴。
松浦亜弥。
ともにソロ派の両巨頭である。
ソニンがユウキを使い、この2人に共同戦線を取らせるに至ったのはつい先日のことだ。
『まっとう連合』とでもいうべきだろうか。
この連合が成った今、ユニット派の命運は風前の灯火といってよかった。

ソニンは2人の顔を交互に見やった。
そうして、両名が本人に違いないと確認する。
自得するやいなや、弾けるような笑いがこみあげた。
湧き上がる歓喜を抑える気も起こらない。
「松浦亜弥ぶっ殺す!」
叫びつつ、畳を蹴り上げた。

「貴様!」
藤本が気色ばみ、腰の刀に手を伸ばす。
「おっと動くんじゃないよ」
ソニンは両手両足で松浦の頭部に取り付いていた。
少しでも力を込めれば、すぐに松浦を首をへし折ることができる。
藤本もすぐにわかったのだろう。歯噛みしたまま動かなくなる。
「ずっと待ってたよ。
 あんたらソロ派にとって最大の脅威である『娘。組』がボロボロになって、
 安心したあんたらがのこのこあたしの前に出てくるのをね」
「間者風情が」
「あんたは黙ってな!」
煮えたぎるような声を出す藤本を、ソニンは一喝して黙らせた。
「用があるのはあんただよ松浦。
 あたしの顔を忘れたとはいわせない。
 『おっととっと夏の変』のとき、あんたにしてやられたソニンさんだよ!」
松浦はちらと黒目を上げた。
「松浦、なんにも知りません」

あれは、暑い夏の日だった。
ソニンは仲間とともにパシフィック王国から来た外交官を暗殺しようと奔走していた。
綿密に標的の行動パターンを調べ上げ、成功は確実と思われていた。
そこに、松浦が現れた。
完全に裏をかく形で現れた松浦は一刀の元に仲間を斬り倒し、ソニンをも圧倒した。
済んでのところで脱出したソニンはやむなく野に潜んだ。
だが潜み続けているつもりは毛頭なかった。
ユウキを傍らに置き、あえてソロ派の先鋒として動き始めた。
復讐の機会をうかがうためだ。

「あんたにとっては取るに足らないことだったのかも知れない。
 でも、あのときケンはまだ13歳だったんだ。
 それを殺された恨み、あたしは絶対に忘れない」
「そうですか」
松浦の声が冷たく響いた。
「ソニンさん、でしたっけ?」
「なんだい」
「私は、勝ち組ですよ」
乾いた音がこだました。

まるで見慣れないものでも見るように、ソニンは自身の胸元を見やった。
事実、信じられなかった。
鋼よりも鍛え上げた肉体を獲得しているつもりだった。
それが、鉛弾で貫くことができるとは、
まったく考えもよらないことだった。

薄く硝煙の匂いが漂っていた。
畳の上に落ちたソニンを省みることもせず、松浦亜弥は匂いの元へ視線をやった。
「来て下さったんですね」
南蛮渡来の拳銃を手に、その人物は襖の傍らに佇んでいた。
「後藤真希さん」
元『モーニング娘。組』参謀、後藤真希は何の表情も浮かべない。
その離れた両目で、ぎょろりと松浦藤本の顔を見る。
「決めたよ。
 ごとーは、ごとーに出来ることをする」
「見事なご決断です」
「ていうかウザいから、馴れ馴れしくしないで」
「それは、もちろん」
共同戦線を張るとはいえ、所詮敵の敵を味方とした集まりだ。
当面の目的を達成した後には、当然のように食い合いが待っている。
「さ、行こうか」
後藤が踵を返す。
松浦、藤本がその後に従う。
「天下を獲りに」







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