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第14話
***
「つんくさんが、逃げた?」
その報を聞いたとき、『モーニング娘。組』局長飯田圭織はその大きな目をわずかに伏せた。
それっきり、さして意外な顔も見せない。
「そ、例の『ごまっとう』連合が出来たとたんよ。
天下のハロプロ城も今やもぬけの殻。
大政奉還て、こういうこというんだろうね」
副長安田圭もまた、さして慌てた風もなく淡々と事実を述べる。
ソロ派の実力者たちが一堂に会した連合軍『ごまっとう』
その存在は時代をたやすく動かして見せた。
多数のユニット集団が、解散。
目ざとい幕府の要人たちはこぞって寝返りを打った。
その最たるものが、将軍つんくによる大政の奉還だろう
長きに渡って栄華を誇ってきたUFA幕府が、一夜にして消滅した。
時代の瓦解する音が、誰の耳にもはっきりと聞こえていた。
「なんていうかあれだね、『娘。組』も、もう終わりでしょう」
保田の言葉に、飯田はふと顔を上げた。
「圭ちゃん、辞めるの?」
すでに『娘。組』に未来がないのは誰の眼にも明らかだった。
幹部、平隊士を問わずすでに少なくない人数が脱退を願い出ていた。
「辞めると、思う?」
保田はどこか達観した目つきで飯田を見やった。
「辞めるのはあんただよ、圭織」
「圭ちゃん?」
「言っておくけど、これは脅迫だよ」
奇妙なほど滑らかな動作で、保田は腰の和泉守兼定を抜き払った。
無地無紋の無骨な刃が、ひたりと飯田の眉間に向けられた。
「潮時だよ。『娘。組』を抜けな」
「どうしたの、圭ちゃん」
「わかるでしょう。『娘。組』が潰れるのはもう時間の問題よ。
そうなったらあんた、処刑されるよ。
だから今のうちに抜けな」
「やだよ!」
飯田は叫んだ。
「カオリ、ずっと『娘。組』にいる!」
「駄目だよ圭織。
あんたはこんなとこで死んじゃいけない。
絵を描いたり詩を書いたり、そんな風に時代に働きかけられるあんたが
一介のアイドル集団の頭領として死ぬなんて、そんなことがあっちゃいけない」
「でもカオリは」
「言ったはずだよ。脅迫だって」
保田の和泉守兼定が振り落とされた。
峰打ちの一刀で気絶した飯田を、保田はそっと横たえた。
刀を鞘に収め、局長室を出る。
出た先には、すでに新政府の役人が待ち受けていた。
「いいよ、行こうか」
『モーニング娘。組』局長。
投獄されたその姿は、
大きな口に釣りあがった目、それに頑丈そうなあごを持っていたと記録は語る。
***
降り積もってから数日が経ち、すっかり硬くなった雪はぴしぴしと音を立てていた。
矢口真里は1人、雪の中に立っていた。
「冷めちゃったね、裕子」
手首にぶら下げていた徳利をひっくり返す。
冷めた酒は降り積もった雪をかきわけ、ひとつの墓石の姿を明らかにさせた。
無宿鉄娘。
墓石にはそう刻まれている。
死人として世をしのんで生きていた中澤が、最期に与えられた名前がそれだった。
『モーニング娘。組』が消えてから、すでに一年近くが経とうとしていた。
「なーんか、急すぎてわけわかんないよ」
傘に雪の重みが加わっていくのを感じながら、矢口は1人墓石に話し始めた。
あの大政奉還以来、時代は急速に回天した。
局長に成り代わって政府に捕らえられた保田は、後に逃亡し政府に対して徹底抗戦を始めた。
安倍、加護なども保田と共に戦ったが、続く敗戦の中でいずこへかと消えた。
蝦夷地まで追い込まれた保田はそこで凄絶な討ち死にを遂げたが、その死はすでに時代になんの影響を与えなかった。
現在樹立された新政府内では、今も後藤、松浦、藤本による権力闘争が続いているという。
剣を振るい、踊り続ける集団の居場所は、どこにもなかった。
かつて『モーニング娘。組』に所属していた者の大半は、現在では行方もわからない。
吉澤と石川が実は生きていて、大陸に渡ったという噂もあったが、所詮は与太話だろう。
「でもさ、
わりといい青春だったよね、裕子」
『娘。組』は敗北した。
だが、敗者という形で時代の中に生きてきた。
「じゃ、行くね」
矢口は墓石をぽんと軽く叩いた。
墓前でしばらく瞑目し、立ち去る。
墓場の入り口で、矢口は2つの人影とすれ違った。
すらりと背の高い絵描き風の女と、黒髪を2つに結わえた背の低い少女。
そう見えた。
矢口はなにもいわず、その場を後にした。
…終
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