[PR]当たる!無料占いで仕事鑑定:大人気!無料占い『スピリチュアルの館』

第6話


***
肉を焼く香ばしい匂いが、路地まで漂っていた。
焼いているのは、牛肉。
食肉の習慣が入ってきてからは日が浅い。
いまだ獣肉を食べることは一般市民には浸透していなかった。
が、『モーニング娘。組』の間では食肉はむしろ推進されていた。
あれはな、精がつくねん。力を養うには一番や。
そういっていた人物が、かつて『娘。組』に居た。

「いらっしゃいませえ!」
飯田が鍋屋の戸口をくぐると、店員の威勢のいい声が飛んできた。
が、すぐに様子が変わる。
「か…」極端に小柄な店員は怪訝な顔を見せ、あわてて言い直した。
「飯田局長?」

差し出された茶にも手をつけず、飯田は店員の顔を見下ろした。
「裕ちゃんと、会える?」
小柄な店員。矢口真里の顔が一気に曇った。

もう、1年ほど前になるだろうか。
ある晩、飯田は2人の女を斬った。
側にいたのは、当時平隊士だった保田圭1人きり。

「カオリ!?」

保田が声を荒げるのも無理はなかった。
夜もふけた時刻に突然呼び出され、市中を歩いていた。
かと思うとやおらに刀を抜き、その場にいた女たちを斬った。
その女たちが何者なのかは、飯田本人も知りはしない。
居た人間を斬った。
ただそれだけだ。
はたから見れば、完全な凶行であった。

「あんた、何したかわかってるの!?」
「わかってるよ」

答えた飯田の声には、張りがなかった。

「裕ちゃんだよ」
「え?」
「カオリ、裕ちゃんを斬ったの」
あの晩、『モーニング娘。組』初代局長中澤裕子の名は鬼籍に入れられた。

***
ウチを、斬るんや。
『モーニング娘。組』初代局長、中澤裕子はそういった。
もちろん、飯田圭織は耳を疑った。

ええか。

  『娘。組』はこれからどんどん大きくなってく。
  ということは、敵も増えるってことや。
  そういうときな、
  つんくさんの看板背負ってる身じゃ思うように動けへんこともある。
  影で汚れ役引き受けるヤツが必要やねん。
  な、わかるやろカオリ?
  ウチを粛清するんや。
  理由は、そうやな。

  『モーニング娘。組』局長中澤裕子は酒に溺れて自分を失った。
  その言動あまりに危険なため、
  局長飯田圭織がその手で粛清した。

  そんなとこで、ええんや。

ええんや。
その言葉だけを残して、中澤裕子は『娘。組』を去った。
腹心であった矢口真里1人だけを連れて。

その人物が、いま飯田の前にいる。
真白な着物を羽織り、腰にくくりつけた徳利から酒をすすっている。
一見泥酔した中年女だが、よく見ると化粧で巧妙にそう装っていることがわかる。
なにより、
胸元から覗く扇子。
重さ1.5貫もある鉄扇である。
中澤裕子は常にこの鉄扇を携帯し、武器として使っていた。

(変わってないな)
極秘裏に『娘。組』を抜けた中澤は、矢口とともに焼肉屋を経営していた。
飯田は店の奥にある小部屋に通され、中澤と対峙していた。

「なんや、カオリ」
「うん?」
「そんな、飲んだくれを見るような顔せえへんといて。
なんや悲しくなってくるわ」
「だって裕ちゃん、まんまだもん」
「まんまってなんやねん」呟きながら中澤は徳利を傾ける。
「まあええわ。変わりないようやな」
「うん…」

答える飯田の声に、力はない。
「みんな、元気だよ。新隊士も入ってね。すっごく賑やかだよ」
中澤が、ため息をつく。
「なんか、あったんやな」
飯田は力なくうなだれる。

内通者が居るかも知れない。
飯田は、血を吐くような思いでその言葉を吐いた。

「ごめん。裕ちゃん」
「なんで謝るん?」飯田を見る中澤の目は、どこまでも柔らかい。
「悪いんは、『娘。組』を売ろうとしとる奴らや。
 カオリはちゃんとやっとる。
 そんなん、ウチが一番わかっとる」
「違う。違うの裕ちゃん」

飯田は顔を抑えた。
指の間から、涙がとめどめなく流れ落ちる。

「カオリがダメな局長だからだ。
 裕ちゃんが局長だったときには、こんなことなかった。
 裕ちゃん確かに酔っ払ってひどいことばっかりしてたけど、
 みんな『娘。組』のこと考えてのことだった。
 カオリは、ダメだよ。
 圭ちゃんにも加護にも辻にも甘えて、名前ばっかりの局長だよ。
 今だって、こうして裕ちゃんに甘えてる」

中澤は、なにもいわない。
「カオリ本当はわかってる。
 裕ちゃん、本当はここで矢口と一緒にお店やっていたいんだ。
 こんな問題、カオリ自分でなんとかしなくちゃならないんだ。
 裕ちゃんには、のんびり隠居しててもらわなくちゃ…」

泣き出した飯田の頭を、中澤はこつんと軽く叩いた。
「コラ」
「裕ちゃん?」
「隠居って、なんやねん。
 ウチは越後のちりめん問屋ちゃうで」
にこりと微笑む中澤の表情は、どこまでも優しい。
「忘れたらあかんで。
 ウチが『娘。組』を抜けたんは、こういうときに動くためや。
 だから、な」
「ええねん」と、中澤は飯田の頭を抱きかかえた。
飯田は嗚咽をあげた。

***
飯田を送り出してしばらくして、
中澤は店内に戻った。
立ち止まる。
知った顔が、いた。

「圭坊」

副長の保田である。
卓につき、さして美味そうになく杯を舐めていた。
横には、矢口が立っていた。
保田は目を伏せている。
矢口になにをいわれたのか、中澤にはすぐに察しがついた。

「矢口。ちょっと向こう行っとり」
「裕子!」
「ええから」

矢口は少し食い下がったが、
やがて保田に噛み付くような一瞥をくれて奥に入っていった。

「悪いな、圭坊」
「こっちこそ。御免」

保田は沈んだ表情で杯を傾けている。
「カオリが、来てたでしょ?」
「ああ、うん。聞いたで」

中澤と矢口の2人は記録上粛清されたことになっている。
それが、今も生きて焼肉屋など開いていると知っているのは飯田と保田の2人だけだ。
「内通者やて。『娘。組』も複雑になったもんやなあ」
「うん。多分ね、新加入の隊士のなかで怪しいのはいるんだけど」
「ことは、そう単純やないやろ」
中澤の言葉に、保田ははっと顔を上げた。

「圭坊の性格は知っとるで。
 行動予定をいちいち末端の隊士まで伝えるような真似はせえへんやろ?」

副長保田圭は、合理的な思考の持ち主である。
『モーニング娘。組』を剣客集団として考え、それ以外の要素の一切を嫌う。
剣客集団とは、手足の付いた刀のようなものだ。
刀に、頭は不要。
命令のままに動く刀剣の束。
保田は『娘。組』をそんな集団に仕立てていた。
狛犬の副長、と呼ばれるゆえんである。

「多分、裏がある。真っ黒な裏がな」
「うん…」
「こっから先は、ウチの仕事や。
 圭坊はなんも心配することあらへん。ウチに万事任せとき」

保田は少し笑って、杯に口をつけた。
中澤はそれを見て笑った。
「圭坊も、だいぶいける口になってきたな」 「まだ、裕ちゃんほどじゃないよ」

中澤は知っている。
保田がいまほど呑むようになったのは、中澤が『娘。組』を脱してからだ。

「酒は、ええ。
 いやなこと全部流してくれる。
 でもな、
 溺れたらあかん。酒に溺れたら、人間おしまいやで」
「裕ちゃんほどじゃ、ないよ」

「こら」と中澤は保田の頭を小突いた。


去り際、保田はいった。
「さっき矢口にもいったんだけど、
 裕ちゃんに頼るのはこれで最後にしたいと思ってる」
「なんや?」
「いつまでも裕ちゃんに甘えてるわけにはいかないよ。
 これからは、私が」
「圭坊」

中澤は苦い言葉を吐いた。






BACK  NEXT

[PR]
女性が輝く公文の先生募集中!:全国で教室開設説明会開催