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第7話


***
気がつくと、高橋のことを見ている。

(ちょっと、変な感じれす)

辻は道場の隅に座り、隊士たちが稽古する様を眺めていた。
高橋が、竹刀を持って試合に臨んでいる。
試合の相手は、高橋と同時期に入隊した紺野あさ美だ。
竹刀と竹刀が、ぱらぱらとぶつかる音。
辻の目から見ればたどたどしい立会いだ。

(そんなに弱い流派を学んだのでしょうか)

辻の使う天然理心流もいい加減無名流派だが、高橋のそれはさらに聞いたこともない。
鹿島流。高橋はその目録だと名乗っている。
目録といえば、通常道場で師範代くらいは務められる剣碗である。
それが、紺野といい勝負を演じている。
紺野の本職は剣客ではない。琉球で唐手という無手の流派を修行したと聞いている。

(そういえば)

先日10番隊隊長の吉澤と試合ったときにも、どっこいどっこいの勝負をしていた。
吉澤もまた、剣客ではない。宝蔵院流という槍術の使い手である。

(高橋さんは、弱いひとなのでしょうか)

「それまでえ」
審判を務めていた後藤が合図をした。
高橋、紺野の両名が竹刀を打つ手を止め、開始線の元に戻る。

「うーん。
 紺野はさ、身体の遣い方は知ってるみたいだから、
 しばらく基礎を練習して剣に慣れるといいよ。
 で、高橋は…」

大流派である北辰一刀流の免許皆伝を受けている後藤は、隊内の剣術指南役を買って出ていた。
経験の浅い隊士に常に的確な助言を与えている。
それが、高橋の前で言葉に詰まっていた。

「ゴメン。
 高橋の剣は、なんかちょっとよくわかんなかった。
 悪いけど、もう一回誰かと試合ってくれない?」

「辻さん」

不意に声をかけられ、辻は狼狽した。
目の前に高橋が立っている。

「試合って、くれませんか」
「え、ののは…」

辻は口ごもった。
竹刀試合は、得意ではない。
辻を始め、飯田、保田、安倍らが使う天然理心流は極端な実戦剣術だといわれている。
ヒジやヒザ、鎖骨や喉など急所ばかりを強烈に狙う。
面小手胴で勝負を決める竹刀試合では、分が悪い。
極力試合はしないように。
飯田からも、そういい含められていた。

「ダメだよお、高橋ちゃん。
 ののちゃんは病弱だから、あんまり無理できないの」

横から、甲高い声が割り込んだ。
5番隊隊長、石川梨華である。
保田の直属の部下であるから、事情を知っていた。
病弱である、と方便を使いよく辻の代理を買って出ている。

「ほら、試合なら私がしてあげる」

辻に向かってぱちりと片目をつぶり、
石川は高橋の手を引っ張って行った。
一連の動きが、ことごとく寒い。

「始めえ」
後藤の声に合わせて、高橋と石川の試合が始まる。
高橋が打ち込み、石川が受ける。
しばらくそんな応酬が続いた。
と、石川が動きを見せる。
高橋の突きを巻き込み、面打ちに持ち込もうとする。
これで稽古を打ち切ろうという腹なのだろう。
が、果たせない。

パン。

音が響いた。
辻は我が目を疑った。
高橋は石川の面打ちを受け、つばぜり合いに持ち込んでいたのだ。

「妙、だね」

声のした方向を見ると、10番隊隊長の吉澤ひとみがいた。
吉澤と石川は始終行動を共にしている。
衆生の仲である、とは半ば公然となった秘密だ。

「妙、れすか?」
「ああ」

吉澤は長身である。
色が白く、顔の彫りが深い。隊内で最も見栄えのするひとりだった。
それが、憮然とした表情で石川と高橋の試合を見つめている。

「あいつ、高橋。
 前に私とやったときにもあんな感じだった。
 そりゃ、梨華ちゃんの本分は軍学だろうけど、あれでも北辰一刀流の中目録だよ。
 私や紺野とやるときと同じ雰囲気なんて、妙に思わないか?」

(誰とやっても、互角の試合)
(誰とやっても、紙一重で負けている?)
だとしたら、弱いどころの話ではない。
(よっすいは、気づいているのでしょうか)

ふと吉澤を見上げて、辻は硬直した。
r> 凄まじい表情をしていた。
憤怒と憎悪を隠そうともしていない。
その視線の先には、高橋がいた。

(衆生の嫉妬とは、こうも恐ろしいものなのれすか)

***
かすかな違和感を胸に、『モーニング娘。組』参謀、後藤真希は道場を出た。
高橋愛。
奇妙な太刀筋を使う。
のらりくらりと相手の剣を受けているように見えて、懐には決して入れさせない。
はなから勝つつもりなどなく、わざと負けようとすらしているようだった。
それに、

(私を見ていた)
石川と試合ながらも、高橋は何度となくその視線を後藤にやっていたのだ。
不快だった。
黒々とした高橋の瞳は後藤の身体を貫き、易々と魂を覗いているように感じた。
いやらしい眼だ、と思った。

(保田さんに相談した方がいいかもしれない)

副長の保田が妙に高橋を気にしていることを、後藤は気づいていた。
衆生の相手にでも狙っているのか。そのくらいに考えていた。
だが今は違う。
保田はなにかを知っている。そんな確信があった。

「相変わらず思案顔やな」
不意に刺々しい言葉を投げかけられた。
「亜依」

『モーニング娘。組』3番隊隊長、加護亜依。
幹部の仲では年若の部類に入るが、誰よりも実践を潜り抜けて来た人物と噂されている。
実際、隊内での粛清は主に加護が実行部隊として動き、無数の隊士をその手にかけていた。
その中には、後藤が懇意にしていた者の名もあった。

「気安く、名前で呼ばんといて」
加護の物言いはよそよそしい。
「そりゃあ入隊したときには世話になったかも知れん。
 でもな、今じゃウチかて幹部の1人なんや。
 ちゃんと対等に呼んでもらわんと、下のモンへの示しがつかへん」
「加護…」
「内通者が、おるそうやな」

加護は、能面のような顔をしている。
「怖い怖い。
 時代がどうやとか、いらんこと考えられる脳みそ持っとる人は大変やな
 近々大きな捕り物もあるっちゅうのに、
 ウチ、気の休まる暇もないわ」
「なにが、いいたいの?」
「さあて」

加護は肩をすくめ、そのまま後藤の横をすり抜けていった。
すれ違いざま、加護が刀の柄に手をやったのを、後藤は見逃さなかった。

(いずれ、や)

それだけいい残し、加護は去っていった。
1人取り残された後藤は、胸中で恩人の名を呼んだ。

(いちいちゃん…)

『モーニング娘。組』8番隊隊長、市井紗耶香。
加護亜依の手にかかり、すでに鬼籍に入れられている。






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