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第9話
***
『娘。組』の面々が『池田屋』を引き上げたのは、明け方近くなってからだった。
たった一晩で、ソロ陣営の要人が何人も歴史からその名を消した。
『娘。組』側にも、多数の死傷者が出た。
6番隊隊長安倍なつみは重傷。
10番隊吉澤ひとみ。観察方新垣里沙。死亡。
屯所じゅうに石川の叫び声が響いていた。
吉澤の死骸にすがりつき、泣き続けている。
疲弊しきった隊士たちのなかに止めるものはなかった。
(高橋は)
生き残った者が泥のように眠っている中、辻だけが立ち歩いていた。
凄まじい格好をしている。
『娘。組』屈指の使い手である辻にはひとつの伝説があった。
どんなに人を切っても返り血ひとつ浴びない、というのだ。
それが、全身を赤く染めている。
凄まじい怒りの表情を顔に貼り付け、屯所内をさ迷っていた。
「後藤さんが?」
参謀の後藤が行方不明。
辻がその報告を聞いたのは昼過ぎのことだった。
「せや」
加護はさして意外そうな顔を見せない。
「逃げたんかもな」
「後藤さんはそんな…」
「ののちゃん」
加護の声は静かだった。
「あの人はな、ちゃうねん。
ウチらみたいな単純な剣客とちゃう。
市中でソロ派の人間と交流持っとるちゅう噂もある。
ウチらと違うもん見えてても、しゃあないんや」
軒先から門番の声が聞こえたのは、そのときだった。
「後藤参謀、ご帰還!」
後藤真希はこともなげな顔をして戻ってきた。
肩に、1人の隊士を担いでいる。
(高橋)
辻は、とっさに手を刀の柄に伸ばしていた。
「ん、ああ。
道端で倒れててね。
腕が折れてるみたいだから、町医者に診せてたんだ」
高橋の腕を見ると、確かに添え木を包帯で固定している。
「ほんまか?」
加護が硬い声を出す。
辻が見たこともないような、冷たい表情をしていた。
「本当だよ。そんなことで嘘ついて、どうすんの」
「ふん」
辻は動くこともできない。
「のの」
振り返らないまま、加護が口を開く。
「ののは、あかんで」
「なん、れすか」
「ののは、どっかいったらあかん。
そんななったらウチは耐えられへん。
あのなウチ、のののこと好きやねん」
「あいぼん」
辻は加護の背中を見つめた。
「ののは、行かないれすよ。
あいぼんや、飯田さんや、安倍さんと、ずっといたいれす」
そのためには、なんでもやる。
辻は刀の柄にそっと触れた。
***
後藤は、1人自室に座していた。
元8番隊隊長、市井紗耶香のことを考えている。
市井は北辰一刀流の遣い手だった。後藤の兄弟子にあたる。
まだ道場で稽古していた頃、市井はよく後藤の面倒を見ていた。
後藤を『娘。組』に引き込んだのも市井だった。
尊敬していた、と思う。
それが、突然粛清された。
理由は不明だった。
ソロに寝返ろうとしていたとか、敵対組織と内通していたとか、
噂ばかりは流れたが、真相は闇の中だった。
『アイドル道不覚悟』
報告されたのはそれだけだった。
やるしかなかったんや。
直接市井に手を下したのは、3番隊隊長加護亜依。
なんの表情も浮かべず、そういった。
やらへんかったら、『娘。組』全体が危なかった。
後藤はなにも訊くことが出来なかった。
ただ、市井の死骸を抱きしめていた。
危なかったって、あんた自身のことも含まれてたんやで。
市井の死から、もう半年近くが経つ。
その後、その件について加護と話したことはない。
加護の後藤に対する態度そのものが、どこかよそよそしくなったのもその頃からだった。
「後藤さん」
不意に声をかけられ、後藤は背後を振り返った。
いつのまにか、石川がそこにいた。
地黒の顔を蒼白に染め、立ち尽くしている。
「よっすいが、死にました」
「うん。聞いたよ」
「なんで、なんでしょうか」
「それは…」
乱戦の中、討ち取られた。
後藤はそれしか聞いていない。
「よっすいは、市中の平和のために戦っていました。
それが、どうして斬られなくちゃならないんですか?
私にはわかりません」
「石川」
後藤は姿勢を正した。
石川には背を向けたまま、いう。
「ごとーたちはね、人を斬って生きてるんだよ。
1人斬るたびにね、斬られる理由は生まれてくるんだよ。
残酷なようだけど、吉澤には斬られる理由が充分あった。
もちろん。
ごとーも、石川も、同じだよ」
「後藤さん」
石川の言葉が、途中で途切れる。
泣いている。振り返らずともそれがわかった。
「でも、私には…」
「『娘。組』にいる以上、そういう覚悟は忘れちゃいけない。
ごとーはいつもそう思ってるよ」
「わかっています。わかっていますけど…」
嗚咽が聞こえる。
「わたしは、よっすいの死をこのままにしたくありません」
「石川…」
よしなさい。
後藤は、そういうことが出来なかった。
すすり泣きたくなるような郷愁が、後藤の背を濡らしていた。
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